京伊電鉄(京伊電鐵)

☝ 京伊電鉄の特急停車駅は上記の通り。

各駅停車用の路線図はそのうち制作する。

……たぶん。

概要

京伊電鉄(けいいでんてつ、英文社名:Keii  Electric  Railway  Co.,  Ltd. )は、京都市伏見区の伏見稲荷神社駅から三重県伊勢市の伊勢神宮駅までを結ぶ鉄道路線である。

 

1920年に京伊電気鉄道として設立され、その4年後に伏見稲荷神社駅-伊勢神宮駅間が開業した。

その後も新線建設や鉄道会社の買収などでいくつかの支線を開業させたが、戦時中の空襲による被害や、戦後のモータリゼーションによる利用者の激減により支線は全て廃線となっている。

 

長らく京伊電気鉄道は堅実な経営を貫いていたが、1980年代半ばから始まったバブル経済の波に乗せられてしまう形で、不動産投資やリゾート開発をいくつも手掛けるようになった。

 

しかし、これが原因でバブル経済崩壊後の1990年代後半には経営危機に陥った。そんな中、1998年にメインバンクが金融危機により破綻、これにより経営継続に必要な運転資金を調達できなくなった。そのため、翌年1月に関連会社とともに会社更生法適用を申請した。

 

結果、関西急行鉄道(現在の関急ホールディングス)が支援する事となり、京伊電気鉄道は関西急行鉄道の傘下に入って経営再建することになった。

会社を再建するため、新たに鉄道事業会社として京伊電鉄を設立、バス事業会社として京伊バスを分社化、京伊百貨店は関急百貨店に吸収合併、不動産事業やリゾート開発を手掛けていた京伊不動産開発を清算、ホテル事業は関西急行鉄道のグループ会社に譲渡し、京伊電気鉄道は債務処理を行う組織として改編された。

 

2009年に経営再建計画は終了し、京伊電鉄は関連会社とともに関西急行鉄道(現在の関急ホールディングス)の完全子会社化となり、債務処理を行っていた京伊電気鉄道は債務処理終了とともに清算された。

☝ 現在の京伊電鉄の社章。

古めかしい京伊電気鉄道の社章と違って、現代的なロゴっぽくなった。

沿革

 ・1918年 京伊電気鉄道に対し鉄道免許状下付。(伏見稲荷神社-伊勢神宮間)

 ・1920年 京伊電気鉄道設立。

 ・1924年 伏見稲荷神社駅-伊勢神宮駅間が開業。

 ・1925年 京都府紀伊郡伏見町(現在の京都市伏見区)に京都京伊旅館を開業。

 ・1926年 津線が開業。

 ・1927年 京伊電気鉄道電力部の桃山火力発電所が稼働開始。

 ・1929年 伏見稲荷神社駅-宇治駅間が複線化。

 ・1933年 榊原線が開業。

 ・1935年 安濃鉄道を買収。安濃鉄道本線が安濃線となる。

 ・1936年 津新町駅前に京伊百貨店津店(のちに津新町店に改名)が開業。

 ・1937年 津新町駅-伊勢神宮駅が複線化。

 ・1938年 電力管理法により、桃山火力発電所が国に接収される。

 ・1939年 石山線が開業。

 ・1943年 石山線が不要不急線となり休止。

 ・1944年 安濃線・榊原線が不要不急線となり休止。

 ・1945年 本線が空襲により複数の区間が不通になり、事実上の運休に。

 ・1946年 全線復旧。運行再開へ。

 ・1947年 津線、休止。

 ・1951年 石山線、正式に廃止。

 ・1955年 京伊電気鉄道から不動産事業が分社化して、京伊不動産開発を設立。

 ・1956年 津線、正式に廃止。

 ・1960年 京伊タクシーを設立。

 ・1962年 三重県鳥羽市に京伊百貨店鳥羽店が開業。

 ・1964年 鳥羽京伊ホテルが開業。

 ・1966年 京都京伊旅館が建て替えられ、京都京伊ホテルとなる。

 ・1970年 宇治駅改修。関西急行鉄道と共用化。

 ・1972年 安濃線、正式に廃止。

 ・1974年 榊原線、正式に廃止。

 ・1977年 津新町京伊ホテルが開業。

 ・1986年 バブル経済の波に乗り、不動産投資やリゾート開発に乗り出す。

 ・1987年 京伊百貨店宇治店が開業。

 ・1989年 大阪京伊ホテルが開業。

 ・1998年 メインバンクが破綻。経営破綻寸前に。

 ・1999年 会社更生法適用を申請。関西急行鉄道に支援を要請。

 ・2000年 京都地方裁判所から会社更生計画の承認を受ける。

 ・2001年 京伊百貨店が関急百貨店に吸収される。

 ・2002年 バス事業を分社化して京伊バスを設立。

        ホテル事業を関西急行鉄道のグループ会社に譲渡。

 ・2003年 京伊不動産開発を清算。

 ・2007年 関西急行鉄道と同じ非接触型ICカードシステムを導入。

 ・2009年 会社更生法に基づく経営再建計画が終了。

        関西急行鉄道(現在の関急ホールディングス)の完全子会社になる。

 ・2010年 通常営業用車両の100%冷房化を達成。

社名の遍歴

設立当初の社名は、『京伊電氣鐵道』だったが、戦後、当用漢字(現在の常用漢字の前身)が制定されてからは『京伊電気鉄道』となった。

しかし、1999年の破綻後、債務処理と鉄道事業を分割した際、鉄道事業を引き継いだ新会社の社名を『京伊電鐵』とした。

この時、旧字体の『鐵』となっているのは、『鉄』の文字を分解すると『金』(カネ)を『失』うなり、縁起が悪いこと、鉄(鉄道)の基本に立ち返るという意味で、あえて旧字体を使用したものである。

運行車両

蜜柑姓

子会社

運輸事業

 ・京伊バス

 ・京伊タクシー

 

かつては、ホテル事業や不動産投資、リゾート開発まで手掛けていた京伊不動産開発や、百貨店事業の京伊百貨店があったが、京伊電気鉄道の経営破綻により、京伊不動産開発は清算、京伊百貨店は関急百貨店に吸収されて現在は存在しない。

 

また、京伊バスと京伊タクシーの両社は京伊電鐵の子会社という位置付けとされているが、実質的には、京伊バスは関急バスの傘下、京伊タクシーは関急タクシーの傘下にあると言える。