関西エクスプレス航空

☝ 関西エクスプレス航空の広告。

どこかで見たことがあるような機体デザインだが、それは気のせいだ。

概要

関西エクスプレス航空(かんさいエクスプレスこうくう、英文社名:Kansai  Express  Air  Co.,  Ltd. )は日本航空(JAL)、全日本空輸(ANA)に次ぐ三番目の航空会社である。(*1)

航空コードはKEA/EA、コールサインはエクスプレスエア。

以前は関西航空という社名だったが、企業イメージの向上を図るため、1988年に現在の関西エクスプレス航空に社名を変更した。

沿革

1953年に関西急行鉄道が中心となって関西航空が設立された。

当初は伊丹空港(大阪国際空港)を拠点に遊覧飛行や宣伝飛行などを行う非定期航空会社だったが、1955年に大阪-広島線の免許を取得してからは徐々に定期航空路線を拡大させ、定期航空会社となった。

しかし、当時はまだ自由に航空路線を設定できず、また、1972年には運輸省(現在の国土交通省)より強制的な路線割り当て(いわゆる45/47体制)が行われたため、関西航空は一部の国内準幹線と西日本を中心としたローカル路線のみの運航に制限されていた。

 

その後も45/47体制は続いたが、1985年に航空政策が転換されたため、関西航空も国内幹線や国際線に就航が可能となった。

これにより、翌年の1986年に国際チャーター便の運航を開始したが、「関西航空という社名は地味だ」という声を受けて、国際定期便就航する1988年に関西エクスプレス航空という社名に変更した。

 

1988年に国際定期便を初就航させて以降、積極的に路線開設を進めてきたが、2001年に発生したアメリカ同時多発テロ事件(9.11テロ事件)による世界規模の航空需要の激減を受けて業績が悪化、これにより国土交通省の支援を受けて日本航空や全日本空輸などとともに政府系金融機関である日本政策投資銀行から無利子融資を受けて経営再建を図ることになった。

しかし、2003年にはSARSの感染拡大により航空需要が回復しなかったことにより、業績が低迷したため、路線縮小などのリストラを実施することを条件に日本政策投資銀行から追加で無利子融資を受けた。

これにより、2004年には業績が回復して黒字を計上、2008年のリーマン・ショックの時も業績は悪化したが、2004年以降、黒字を計上し続けている。(*2)

 

 ・1953年 関西航空が設立される。

 ・1955年 定期航空路線(大阪-広島線)を開設。以後、定期航空路線を拡大させていく。

 ・1972年 45/47体制となる。事実上の完全な航空統制となる。

 ・1980年 関西コミューター航空(現在の関西エクスプレスコミューター)設立。

 ・1985年 45/47体制が事実上の廃止。これにより、国内幹線や国際線の就航が可能に。

 ・1986年 国際チャーター便の運航開始。

 ・1988年 社名を関西エクスプレス航空に変更。

        国際定期便の運航開始。

 ・2001年 アメリカ同時多発テロ事件(9.11テロ事件)発生。航空需要が激減する。

 ・2003年 SARSの感染拡大。航空需要が低迷。 

 ・2004年 業績回復。黒字計上へ。 以後、現在に続く。。。

運航機体

2000年代前半の航空需要の低迷や、航空燃料の高騰などにより、関西エクスプレス航空が運航する機体は小型機が中心となっている。

とはいえ、小型機では需要が大きい路線には対応しきれないので、エアバスA330を保有している。

関西エクスプレス航空は日本の航空会社では珍しく、フリートをエアバス社の機体を中心としている。(*3)

 

 ・エアバスA320

 ・エアバスA320neo

 ・エアバスA321

 ・エアバスA321neo

 ・エアバスA330‐300

 ・エアバスA330‐200

 ・エアバスA330‐200F

子会社

関西エクスプレス航空には、複数の子会社を有している。

ローカル路線専門の航空会社や、整備や地上ハンドリング事業を行う会社を有している。

航空会社

 ・関西エクスプレスコミューター(KEC)

整備・地上ハンドリング会社

 ・関西航空サービス

地上支援・車両整備

 ・関西航空システムズ

航空機部品・整備の保管・払出・輸出入

 ・関西航空テクニカル

こぼれ話

 ・フリートが何故、ボーイング機じゃなくてエアバス機なの?

1980年代後半、関西エクスプレス航空は老朽化した機体の買い替えのため、ボーイング社と商談を行ったが、この商談はバッサリと破談した。

当時、アメリカは対日貿易赤字を問題視しており、日本に対して強硬な姿勢を取っていた。それを背景に、ボーイング社が関西エクスプレス航空に対して強気の価格を提示し、この強気の価格に関西エクスプレス航空は猛反発して、商談はお流れとなった。

その一方で、エアバス社が日本での受注獲得のため、日本の航空会社に営業攻勢をかけており、お買い得な価格を提示していた。それを受けて、日本エアシステムはエアバス機を導入する事を決め、関西エクスプレス航空も後に続くようにエアバス機を導入することを決めた。

日本エアシステムは同時期にボーイング機の新型機も導入したため、エアバス機がフリートの中心になることは無かったが、関西エクスプレス航空は老朽化したボーイング機の退役を進める一方、代わりにエアバス機を導入し続けたため、日本では珍しいエアバス機オンリーの航空会社となった。(*4)

しかし、現在はA320を導入したLCC(格安航空会社)(*5)が誕生したため、必ずしも珍しい航空会社とは言えなくなっている。

 *1  日本エアシステムが日本航空と合併して消滅、スカイマークは全日空の軍門に下った。

     なので、関西エクスプレス航空が第三の航空会社だっ!!

 *2  なんか無理のある設定だと思うのだが、関西エクスプレス航空は架空のエアラインなので、その辺は許してねっ!!

 *3  日本の航空会社ならボーイング機だろ!とか言われそう。

     でも、日本エアシステムはエアバス機を導入して運航していたし、

     全日空もボーイング737に混じってエアバスA320やA321を運航している。

     だったら、エアバス機中心の航空会社があってもイイじゃんっ!!

 *4  子会社の関西エクスプレスコミューターは除く。

 *5  ピーチ・アビエーションやバニラ・エアなどの事を指す。